転生したのに0レベル
〜チートがもらえなかったので、のんびり暮らします〜
169 不穏な空気
「取り合えず、錬金術ギルドからの話はこれくらいです。何かご質問は?」
「いえ、特には」
おお、やっと終わったか。
正直まさかここまで色々な事を聞かされるなんて思わなかったから心底疲れたよ。
だが、そう思ってホッと一安心したところで、ギルドマスターから別の重大な話を振られることになったんだ。
「スタンピートの予兆?」
「ええ。近々イーノックカウ近くの森で、スタンピートが起こるかもしれないと言われているのです。いえ、もしかしたらすでに始まっているのかもしれません」
スタンピートと言うのは魔物が生息する森やダンジョンから魔物があふれ出して周りの町や村に被害を与える現象の事だ。
だからグランリルのように強い魔物が多くいる森がある村は常にそれに備えて周りを塀で囲っている。
それに他国と接していないのにもかかわらず、このイーノックカウが国境沿いの城塞都市に匹敵するほどの頑強な壁に守られているのも、そのスタンピートに備える為なんだ。
「それは確かですか?」
「絶対とは言いきれませんが、その可能性は高いようです」
ギルドマスターが言うには、この頃近くの森ではあまり見かけない魔物が発生したり、いつもならもっと奥に行かなければ姿を見ることができない魔物が森の入り口付近で発見されているらしい。
「ご存知だとは思いますが、スタンピートは魔力溜まりの活性化によって引き起こされます。そしてその活性化が起こるときによく見られる現象が属性の変質なのです」
先日ルディーンが治療に走り回った冒険者ギルドの毒による壊滅騒動、あれも本来なら入り口付近にいるはずの無いポイズンフロッグがブルーフロッグに混ざっていた為に起こったことだ。
いや、それだって1匹程度混ざっていたと言うのならありえない話ではないが、流石に5匹も混ざっていたと言うのは普段ならありえない。
と言う事は森の奥からたまたま出てきたポイズンフロッグが紛れ込んだのではなく、ブルーフロッグが魔力溜まりの活性化によって強くなった魔力を受けて変質したと考える方が納得がいくと言う訳だ。
そしてその変質した魔物が本来イーノックカウによくある巨大化ではなく毒属性だったことからも、この属性の変質に当たるというのが冒険者ギルドの見解らしい。
「イーノックカウの魔力溜まり程度ではダンジョン化が起こる事は無いでしょうし、属性の変化は活性化が終わればまた元に戻るとは思われますから冒険者ギルドもさほど心配はしてはおりません。ただ、そんな森の入り口まで魔力が届くほど活性化をしているとなると」
「中央付近の魔物の強化や、その魔物を恐れた弱い魔物が模試の外縁部や外に逃げ出す心配があると言うのですね」
一時的とは言え、魔力が強まればどうしても強い魔物が発生してしまう。
まぁそれだけなら森の奥からは出て来ないだろうからそれ程問題は無いんだけど、強い固体と言うのは当然それに待っただけの縄張りを得ようとするんだよなぁ。
そのおかげで今までその場所を縄張りとしていた魔物がその強い固体に負けてより浅い場所に移動、そしてその負けた魔物より弱い魔物が縄張りを取られてさらに森の浅い所へと移動すると言うのを繰り返すから、最終的には森の入り口やその外まで魔物があふれ出してしまう。
とまぁ、こんな理由でスタンピートが起こるって訳だ。
「はい。外縁部でさえ魔物が変質しているという事は、魔力溜まり周辺の魔物の変質はすでに終わっていると言う事です。ですが、縄張り争い自体はすぐに終わるものでは無いので今日明日に大きなスタンピートが起こる事は無いでしょうけど、それでも近いうちに間違いなく起こるでしょうね」
一ヶ月先か、それとも半年先か。時間の違いはあっても、起こる事だけは間違いないと冒険者ギルドやイーノックカウの行政はそう考えてるって訳だな。
だが、それを俺に話したって事は……。
「もしかして、ルディーンの治癒魔法を頼りたいって話か?」
俺が真っ先に思い当たったのがこれだ。
それはそうだろう、俺から見てもルディーンの治癒力は凄かったもんなぁ。
「いえ。スタンピート時の治療に関してはイーノックカウの中央神殿や帝都大神殿に書簡を送って神官を派遣してもらう事になっています」
ところが、ギルドマスターはルディーンの治癒魔法を便りにしている訳ではないと言うんだ。
なら一体、何故俺にそんな話をしたんだ?
「カールフェルトさんにこのお話をしているのは、ルディーン君ではなくグランリルの村への救援要請があるであろう事を村に報告して欲しいからなのです」
ギルドマスターが言うには、森からあふれ出るのが弱い魔物ばかりなら問題は無い。
だが入り口付近でさえポイズンフロッグが発生したと言う事は、今回の魔力溜まりの活性化はかなり強くてイーノックカウの冒険者だけでは対応できないかもしれないと考えられているらしいんだ。
「イーノックカウでは普段あまり強い魔物がいないために、Cランク以上の冒険者は貴族や商会などに個人的に囲われている人たち以外は殆どいません。ですが、入り口付近でさえEランクの冒険者が最低3人は居ないと狩れないポイズンフロッグが発生したのですから、Cランクパーティーが狩るような魔物やBランクパーティーが狩る魔物が少数とは言え森から出てこないとは限らないのです」
「なるほど。そんな事になったら、この町の冒険者じゃ太刀打ちできないな」
ブラックボア程度の魔物であっても、前に冒険者ギルドで見たような連中が出合ったら大惨事だ。
その上、それより強い魔物が出てくるだろうと考えられているのなら、誰かに助けを求めなければどうしようもないだろう。
「はい。ですが中央やダンジョンがある街に救援要請を出そうにも、何時起こるか解らないスタンピートの為に高ランクの冒険者を複数雇う余裕はありません。ですから、スタンピートが起こる予兆が見えた時にはグランリルのように普段からそのランクの魔物を狩っている村に予め声をかけて置こうと言う話になってのです」
それはそうだ。Cランクでも太刀打ちできない魔物まで出て来る可能性があると言うのなら最低でもBランク、出来るならAランク以上の冒険者を複数雇わなければならなくなるだろう。
だけどそんな連中は短期間でも雇うのにはかなりの金がかかるというのに、今回のような場合はここまで来る間は当然として、街についてからもスタンピートが起こるまでの期間が解らないんじゃあ、最悪半年以上もその金を無駄にはらい続けなければならなくなる。
その上スタンピートが始まっても、それがある程度収束するまでは契約を解除する訳には行かないと来たもんだ。
それだけの金を払うのなんて、帝国府でさえも無理だろう。
なにせ、俺でもやろうと思えば一日に金貨数枚の稼ぎが出せるんだ。ダンジョンに潜っているようなAランクの冒険者となれば、狩った魔物の報酬とは別に、ただ雇っているだけでそれ以上の金を要求されるだろうからな。
「なるほど。まぁ俺たちの村としてもイーノックカウがどうにかなってしまったら狩った魔物を売る場所が無くなってしまうから、要請が出れば助けには来ますが……その際の報酬とかは出るのですか?」
「はい。流石に高ランクの冒険者の方々に支払うような大金は出ませんが、狩って頂いた魔物によってそれぞれ報酬をお支払いしますし、当然その狩った魔物の素材は全てグランリルの村のものです」
俺たちはギルドに所属してるとは言っても冒険者じゃないからなぁ。
実力的に言えばBやAランクだって言っても、そんな連中ほどは報酬がもらえないというのも納得できる。
それにまぁ、いつもこの街の人たちには世話になってるしなぁ。助けを求められたのに、報酬が少ないから行くのが嫌だなんて言う奴もうちの村には居ないだろう。
「解りました。俺の独断で返事はできませんから、一度村に持ち帰って話し合ってみます。でもまぁ、一応報酬が出るというのなら村の連中も嫌とは言わないと思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
話の内容が内容だけに、錬金術ギルドには断られたところで何の責任も無いんだろうけど、それでも緊張はしていたんだろうなぁ。
俺の返事を聞いたギルドマスターの顔は、とても安心したいい笑顔だった。
ハンスお父さんのイーノックカウ訪問はこれで終わり、次回からはまたルディーン君の話になります。
因みに設定回その1でも書きましたが、Cランクが平均7レベル以上、Aランクでも平均15レベル以上のパーティーとなっているのでグランリルから派遣される村人たちはその殆どがBランク以上になります。
なにせ、ルディーンの兄たち二人でさえCランク相当なんですから。
これを冒険者でそろえようと思ったら、イーノックカウの経済が破綻する事でしょうね。